1989年


スタッフ 部長 戸谷重雄
監督 渡辺真純
ヘッドコーチ 小布施均
コーチ 宮澤洋一
コーチ 上野善
コーチ 柿沼光信
コーチ 丸田亨
チームドクター 谷戸祥之
学生スタッフ 主将 本多正典
副将 渡辺真俊
主務 尾崎勝俊
春のオープン戦 スコア 対戦校
5/21 ○22-14 東大医
6/11 ○32-22 埼玉大
公式戦戦歴 3勝 一部Bブロック優勝
プレーオフ勝利 ○32-16 対東大医
慶應医 獨協医 北里医 聖マリ
慶應医 ○16-12 ○22-0 ○14-12
獨協医 ●12-16 ○22-14 ○22-8
北里医 ●0-22 ●14-22 ○14-6
聖マリ ●12-14 ●8-22 ●6-14

平成1年4月
新入部員として、元ボート部の予科1奥村、元ラグビー部の予科1三田が入部。休部していた片山も復帰した。また看護短大1年の若菜君がマネージャーとして参加する。
平成1年4月
看護短大新1年生のマネージャー志願者達10数名が鳥カゴに殺到し、練習を見学。この日だけは部員達の動きがまるで違った。最終的には、新マネージャーとして春川君、広沢君、町田君、丸山君がはたらいてくれることになった。
平成1年5月
驚いたことに、あの山田が新歓に新品の防具一式を手にして現れた。また恒例となったダンパはGIGで行われ、クラブの予算が大幅に潤った。
平成1年6月
オープン戦は5試合行われ、3勝1敗1分けだった。当初は、これが1部制覇を狙うチームかと疑われるような出来であったが、後半になるにしたがって調子を上げた。さらにこのころ、MAXPRO杜主催による外人コーチのフットボールクリニックに参加、関東学生リーグ1部の横浜国大の選手らも一緒で、刺激を受けた。
平成1年8月
蓼科高原において夏合宿を行う。晴天続きで風も快く、絶好のコンディションだった。しかし、合宿中にOLの大山(学)が膝を負傷するというアクツデントもあった。また、この年は、合宿を経験した1,2年のマネージャーがいなかったのでOGも多忙の中駆けつけてくれて、色々とサポートしてくれた。マネージャーの皆さんにはご苦労さまでした。
平成1年9月
東大検見川Grで本年2回目の合宿を行う。各自順調な仕上がりを見せた。さらに、この後、体育会ユニコーンズのBチームとのスクリメージが目吉にて行われた。結果は2本対2本ではあったが、スピード、バワーとも彼らの方が優っており、我々としても今後の我がチームの目指すべき方向は何か、という問いに対するヒントをつかんだ貴重な一戦であった。また負傷の大山(学)の穴を埋めるべく、昨年引退した久保田が現役部員の要請を受けて、戦列に復帰した。皆、心強く百人力の感があったようだ。
平成1年10月,11月
公式戦始まる。第1戦は、こちらのつまらないミスが続出し、試合が最後まで分かなくなった。6点差をつけられて残り30秒からのオフェンスで、QB伊藤からTE高橋へのパスで望みをつなぎ、最後はFL渡辺の32ヤードTDパスをヒットし、奇跡的な勝利をものにした。この後2試合は順調に勝ち進み、待ちに待ったプレイオフが、東大医学部との間に駒沢補助Gr.で行われた。この年2戦2敗している相手だったが、十分なスカウティングと、練習をして臨み、雪屠を晴らすべく皆燃えていた。試合は意外とあっけなく決まり32-16の快勝であった。ここに、悲願の医科歯科リーグ1部初制覇を遂げ、ギャラリー、選手ともに狂喜乱舞の様子だった。
平成1年12月
本年度チームを引っ張ってきた主将本多、副将渡辺、チームの精神的支柱となった久保田が引退。
MVPには攻守にわたり大活躍だった本多、MIPに、第1戦の逆転TDパスと、的確なコールでディフェンスの指令塔となった渡辺、新人賞に、東大戦でのディフェンスのムードメーカーとなった片山がそれぞれ受賞した。
来年度の新体制は主将長沼、副将島崎、主務竹内、会計増田となった。またマネージャーの市川君、渡辺君、若菜君が引退することになった。長い間本当にご苦労さまでした。