1999年


スタッフ 部長 小林紘一
監督 片山正輝
助監督 山田素行
助監督 小山田和弘
チームドクター 大山泰生
学生スタッフ 主将 小黒草太
副将 秋田大宇
主務 飯塚慎吾
公式戦戦歴 3勝1敗 1部Bブロック同率1位
帝京医 慶応医 東大医 明海歯 鶴見歯
帝京医 ●6-41 △27-2 ○21-8 ○19-7
慶応医 ○38-15 ●14-20 ○27-14
東大医 ●7-34 ●14-21
明海歯 ○19-17
鶴見歯
平成11年4月
この年の新入部員は斉藤(克)、久本、伴、、児島、加藤の5名であった。入部第1号は久本、また、児島はおごりの焼き肉で入部を決めたというボンビーぶりをこの頃から発揮、加藤はクラブ見学ですでにオンスーツでline unitであたっていたほど体格がでかく、BPのmaxが100kgといっていたが、後にばれるのにさばを読んでいたことが判明、この頃からボトムぶりを発揮していた。マネージャーは市田・磯見・志村・小坂が入部。
5・6月
春のオープン戦が行われた。初戦の聖マには勝ったが、慈恵医、帝京医には負けてしまった。
8月
1回目の合宿は中村旅館で行われた。合宿は避暑地に行くものだが、中村旅館は暑すぎた。かなりきつい合宿ではあったが最終日の塾高アメフト部とのスクリメージで勝ったときはうれしかった。このスクリメージには予科1も出場した。まだアメフトの理解は乏しかったがアメフトの試合がどんなものかを体験できた事は大きな成果であった。2回目の合宿は蓼科高原で行われた。この合宿の初日で伴が痔で練習できなくなった。3ポイントをとったときにフットボールパンツが血で染まりかけたという。また、児島がいびきを爆音させていたので、「いびき」部屋を急設、未だ被害者続出中。
10・11月
アメフトの公式戦のシーズンがやってきた。まず第1戦は明海歯と対戦した。まず快勝して勢いに乗りたかったが、そうはいかなかった。慶応医のミスが続出したため実力が出し切るところ無く負けてしまった。(●14-20)。第1戦目で負けるというジンクスが重くのしかかっていた。第2戦目は東大医とであった。ラインの差でdiveがかなり出た。そのために快勝した(○38-15)。第3戦目は鶴見歯と対戦。勝った(○27-14)。最終戦は帝京医と対戦した。相手のバックスの能力が高く苦戦を強いられると思われたが、予想に反し快勝。キックカバーでタッチダウンをする場面もみられた。結果は3勝1敗で決戦への進出の可能性もあったが、同率戦績の明海歯に負けていたため、決戦にはいけなかった。第1戦目での負けが最後までひびき、悔しい思いがつのった。
編者注
この年のMVPは、秋田(2年連続)、新人賞は、斉藤でした。(斉藤記)